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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)1301号 判決 1960年11月26日

原告 辻直兵衛

被告 浅沼格

主文

原告は、別紙物件目録記載の土地百十坪について、被告に対し、建物所有を目的とする期間の定めのない賃借権を有することを確認する。

原告のその余の請求は、棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余は、原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

原告訴訟代理人は、「原告は、東京都八丈島八丈町大字大賀郷字東黒宅地百五十二坪について、被告に対し、建物所有を目的とする、期間の定めのない、地代一カ年七千円、その支払期毎年六月末日なる賃借権を有することを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

(請求の原因)

一、原告は、数十年前、東京都八丈島八丈町大字大賀郷東黒宅地百五十二坪(以下本件土地という。)を、当時その所有権者であつた玉置正治から、賃料毎年六月末払の約で、建物所有を目的とし、期間の定めなく賃借し、その上に家屋を所有して居住しているものであり、その賃料は、現在一カ年金七千円である。

二、しかるに、被告は本件土地を買い受け、本件土地について、原告に対する賃貸人としての権利義務を承継したが、突如、「地代金一万二千円を支払え、これに従わなければ家屋を収去して、土地を明け渡せ。」と要求してきた。

三、よつて、請求の趣旨記載のごとき判決を求める。

四、なお、被告の抗弁事実中、被告が、その主張の日、本件土地を、その前所有者である玉置つきかから買い受けるとともに、被告のための所有権移転登記を経由したことは認めるが、本件土地についての、原告と被告間の賃貸借契約が解除されたことは否認する。

(被告の申立)

被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁等として、次のとおり述べた。

(答弁等)

一、原告主張の事実中、原告が、その主張のように、数十年前、本件土地(但し坪数は争う。)を当時の所有者玉置正治から賃借し、引き続き、その地上に家屋を所有して居住していること及び被告が本件土地を買い受け、本件土地について原告に対する賃貸人としての権利義務を承継したことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二、原告が前所有者から賃借していたのは、本件土地のうち、別紙物件目録記載の土地百十坪であり、原告は、なんらの権限なくして、本件土地の残部四十二坪を占有しているものである。

三、被告は、昭和三十三年一月十一日、本件土地をその前所有者玉置つきかから買い受け、同日、被告のための所有権移転登記を経由したが、その際、玉置から前記原告の不法占有の事実を告げられたので、昭和三十三年十二月十八日付内容証明郵便で、原告に対し、右内容証明郵便到達後二週間以内に前記四十二坪の土地を、その上にある建物を収去して明け渡すように催告するとともに、もし、原告がこれに応じないときは、原告との間に、長期間信頼関係に基き賃貸借契約を継続することは到底不可能であるから、本件土地のうち賃貸中であつた百十坪の部分についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、この郵便は、同年十二月二十一日原告に到達したが、原告は、催告期限である昭和三十四年一月四日を経過しても、前記四十二坪の部分の明け渡しをしないので、前記百十坪の部分についての原告、被告間の賃貸借契約は解除されたものである。

(証拠関係)

一、原告訴訟代理人は、甲第一、第二号証を提出し、証人玉置つきかの証言並びに原告本人尋問の結果を援用し、乙第三号証の成立は認める、と述べた。

二、被告訴訟代理人は、乙第一号証から第五号証及び第六号証の一、二を提出し、証人玉置つきか、沖山なつ及び浅沼ひでよの各証言を援用し、甲第一、第二号証の成立は、いずれも知らない、と述べた。

理由

(争いのない事実)

一  原告が、数十年前、本件土地(但し坪数の点を除く。)を、その当時の所有者であつた玉置正治から、建物所有を目的とし、期間の定めなく賃借し、引き続き、その地上に家屋を所有して居住していること、昭和三十三年一月十一日、被告が本件土地(百五十二坪全部)を、その前所有者である玉置つきかから買い受け、本件土地について、原告に対する賃貸人としての権利義務を承継し、同日、被告のための所有権移転登記を経由したことは、いずれも当事者間に争いがない。

(土地賃借権の範囲について)

二 前掲当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない乙第三号証、証人沖山なつの証言によりその成立を認めうべき乙第一、第二号証、証人玉置つきか、沖山なつ、浅沼ひでよの各証言並びに原告本人尋問の結果(但し、原告本人尋問の結果については、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、

(一)  原告は、本件土地を、当時その所有者であつた玉置正治の後見人沖山周作から賃借したが、その範囲は、別紙物件目録記載の土地百十坪であつたこと。

(二)  本件土地のうち、前記百十坪を除いた四十二坪の部分の上にあつた建物に居住していた玉置つきかが、大正三年頃東京に出る際、この建物を原告に売却したが、その建物の敷地四十二坪は原告に賃貸したわけではなかつたこと。

(三)  その後、玉置正治の家督相続により、玉置つきかが本件土地の所有者となつたこと。

を認定しうべく、これとてい触する原告本人尋問の結果は、前掲証拠と比照してたやすく信をおきがたく、他に右認定を左右するに足る明確な証拠はないから、原告が被告に対して有した賃借権の対象である土地の範囲は、前記百十坪の部分であり、前記四十二坪を含まないものといわざるをえない。

(賃料について)

三 前記原告が被告に対し賃借権を有した百十坪の賃料については、被告においてこれを争つている趣旨が窺えないから(証人玉置つきかの証言によれば、月五千円であることが推認できる。)、原告は、本訴により確認を求める利益を欠くものといわなければならない。したがつて、賃料額の確定を求める原告の本訴請求は失当である。

(条件付解除の意思表示の効果について)

四 被告が、昭和三十三年十二月十八日付内容証明郵便で、原告に対し、右内容証明郵便到達後二週間以内に、本件土地のうち、別紙目録記載の土地百十坪を除いた部分四十二坪の土地を、その地上にある建物を収去して明け渡すよう催告し、原告がこれに応じないときは、原告との間に、長期間信頼関係に基き賃貸借契約を継続することは到底不可能であるから、本件土地のうち賃貸中であつた百十坪の部分についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、この郵便は、同年十二月二十一日原告に到達したこと及び催告期限である昭和三十四年一月四日を経過しても、原告において、前記四十二坪の土地の明け渡しをしないことは、原告においてこれを明らかに争わず、また争う趣旨もみられないから、民事訴訟法第百四十条第一項によりこれを自白したものとみなされるところであるが、原告、被告間の賃貸借契約における信頼関係の破壊ということが、ある場合には独立して契約の解除原因となり得ることが是認されるとしても、それはあくまでも、当該賃貸借関係における賃貸人(被告)と賃借人(原告)との信頼関係が基準ないしは対象となるべきものであり、当該賃貸借関係と別個な関係において原告と被告との信頼関係が破壊されたとしても、それをもつて、当該賃貸借契約を維持しがたい理由、すなわち、その解除原因とすることができないことは、あたかも、賃借人である原告が貸金を返済しないからといつて、土地の賃貸借契約を解除できないのと全くえらぶところはないであろう。したがつて、本件においては、仮に、原告と被告間の信頼関係の破壊により賃貸借契約が解除できるという見解に立つにしても、原告の不信行為なるものは、少くとも前記百十坪の土地についての賃貸借関係について存立することが必要であると解されるところ、右賃貸借関係について、なんらかの不信行為と目すべきもののあつたことは、被告の主張しないところであるから信頼関係の破壊が解除原因となりうるかどうか、前記四十二坪の土地について、原告にどんな不信行為があつたかを論ずるまでもなく、被告がした前記契約解除は、解除原因を欠き、結局その効果を生じえないものといわなければならない。

(むすび)

五 以上説示のとおり、原告の本訴請求は、主文第一項掲記の限度においては理由があるものということができるから、これを認容すべく、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄)

物件目録

東京都八丈島八丈町大字大賀郷字東黒

宅地 百五十二坪のうち別紙図面上イロハニホイの点を順次結んだ線で囲まれた部分 百十坪

図<省略>

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